2011年10月27日
地下は、現在では交通手段や商業の場であり、その活用で我々はより便利な生活が出来るが、19世紀、アリスの時代は、工業を発展させるための有益な場所であった。人々は鉱物資源を求めて地下を掘りすすみ、また、金鉱には一攫千金を夢見るものが群がっていた。
地下で働く労働者、坑夫たちは、危険と背中合わせの厳しい労働に耐えた。働くばかりの生活はあまりに酷である。しかし、彼らは休養日を待ち望み、密かにあるいは公然と楽しむものも持っていた。気晴らしになることをしていたのだ。
その一つは、ギャンブルである。ここに、アリスが落ちて行った地下のトランプの国に繋がっていく。地下の坑夫たちの手軽な遊びの一つは賭けトランプであった。
『不思議の国』を統治するハートの女王は、訳もなく怒り、二言目には首を切れ、という。ハートの女王のその不条理さは、どこからきたのだろうか。しかもハートの女王であるのに、テニエルがスペードの服を着せた。
私はこれが賭けごとに通じると思った。まず、「首を切れ」ということを考えてみよう。トランプのハートの女王のモデルが旧約聖書の時代に、アッシリアの王の首を切り落として、ユダヤを救った寡婦のユデトであるといわれることからキャロルがヒントを得たのかも知れないが、ユデトは信仰の厚い、勇敢で正義感をもった道理のある美しい人なので、キャロルが創作した地下に棲む怒り顔のハートの女王には反映されていない。
そこで、テニエルの描いた、スペードの女王の服に注目すると、私なりに意味が解けてきた。
諷刺画家のテニエルは、子供向けの本であっても、職業意識を盛り込んだ。スペードの女王の服を地下の国の女王に着せて、醜い怒り顔をさせることで、読者に小説『スペードの女王』を思い浮かべさせる目論見をしたのだ。ロシアのプーシキンのこの小説は、賭けトランプの場でスペードのクィーンの札を出してすってしまい、発狂して人生をだめにした若い男の物語である。この物語を思い浮かべることで、ギャンブルへの警告をしていると、私は推測した。
しかし、さらにキャロルはテニエルを巻き込んで、アルファベットナンバーの世界でしっかりと思惑を伝えている。それは、『不思議の国』の最後の挿絵で、一組のトランプが降り落ちてきて、アリスが目を覚まし我にかえる場面にある。変なことばかり起こって自分が何であるか分からなくなったアリスが、「あなたたちたかがトランプじゃないの！」と言い放つ。
落ちてくるカードにはジョーカーがないので、一組は５２枚。５２は、1852年という、アリス・リデルの生まれた年に通じる。さらに、Alice Liddell という名前のアルファベットナンバーは、５２。
５２枚のトランプを降らせることで、アリスに自分の名を思い出させることで、「いかなる場合でも、例えば賭けごとであっても、名前のある者は自分が自分であることを忘れず、自分を見失うことがないように」という、キャロルのメッセージが、アルファベットナンバーでうらづけされていると私は推測した。
（2010年10月30日発表）